2008年2月18日月曜日

法相冤罪発言 仏の顔も三度だ

法相冤罪発言―仏の顔も三度だ(朝日)

 【冤罪】 罪がないのに、疑われたり罰を受けたりすること。無実の罪。ぬれぎぬ。
 「大辞林」にはそう書かれている。

 選挙で買収したり、買収されたりしたとして住民らを次々に逮捕し、最長1年1カ月も拘束して、うその自白を迫る。関連の捜査では、「早く正直なじいちゃんになってください」と孫の名前で書いた紙を無理やり踏ませる。

 こんな乱暴な捜査で起訴された12人全員が無罪判決を受けた鹿児島県議選の選挙違反は、事件そのものが鹿児島県警によるでっちあげの疑いがきわめて濃い。一審判決もそのことを示唆し、検察は控訴を断念した。これを冤罪といわずして何というのか。

 ところが、全国の検察幹部が出席した会合で、鳩山法相が「冤罪と呼ぶべきでない」と発言した。
 その後、鳩山氏は自らの発言について次のように釈明した。
 冤罪は、無実の罪で有罪判決を受けてそれが確定した場合だ。富山の強姦(ごうかん)事件では、被告の有罪が確定して服役した後に、真犯人が明らかになった。一方、鹿児島事件は無罪判決が出ているので、冤罪とはいえない。

 鳩山氏は「無罪判決をすべて冤罪というと範囲が広くなりすぎる」とも述べた。一般的に、「疑わしきは被告の利益に」との刑事裁判の原則が適用されて灰色無罪となるケースがある。それまで冤罪というのは抵抗があるという趣旨なら分かる。

 しかし、鹿児島事件は灰色無罪ではない。捜査の方法にこそ様々な問題があったことは最高検も認めている。それを冤罪ではないといわれたのだから、元被告らが抗議声明を出したのも当然だ。
 一方で、鳩山氏は釈明の中で、「被告と呼ばれた方にご迷惑をおかけし、社会通念上は冤罪といわれても致し方ない」と述べた。前言を事実上、訂正したようにも受け取れる。

 いずれにしても、法務行政を預かるトップの発言としては、なんとも浅はかで、軽すぎるというほかない。

 やりきれないのは、鳩山法相が今回のような軽率な発言をこれまでも繰り返していることだ。
 死刑について、「法相が絡まなくても執行が自動的に進むような方法はないか」と語り、死刑制度の勉強会を省内に設けた。その一方で、就任5カ月間で計6人という異例の速さで死刑の執行を命じている。

 外国特派員協会の講演では、「友人の友人がアルカイダ」と述べ、物議をかもした。私たちはこのとき、「そうした大事なことについて軽口をたたくようでは、法相の資格はない」と指摘した。
 鳩山氏は安倍前首相によって法相に任命された。福田首相がそのまま再任した。しかし、ここにいたっては、福田首相の任命責任が問われている。

0 件のコメント: